三代目 久一の「味噌通信」

昭和48年6月号

  1973年6月 味噌通信 「旬の味を味噌とともに・・・」の巻  ネジバナは、ひとつひとつの花がくるくる天に向かってかわいい花をつける先々代も、先代も鉢植えにして楽しんだ初夏の花です。  ひとつひとつの小さな花からなっていることに気づいた瞬間とき とっても感激したことを覚えています。 ********************
ネジバナ
 この号の文中に出てくる「東京新潟県人会」というのは、当時信濃町にあった新潟県出身の方々で組織されていた会で立派なお屋敷に事務所と宿泊施設を持っていました。味噌屋の多い県内で競合するより、関東に販路を求めるという先々代の考えで、一ヶ月に一度、上京して営業を一週間滞在していました。その時にあった役員会なのでしょうね。  今、演歌の大御所となった小林幸子さんも、よくお父様と新潟県人会で歌われていたそうです。デビュー曲のパンフレットとお父様の名刺、小さなレコード盤がしばらく先々代の机の引き出しにあったことは、今でも覚えています。  新潟県から大都会東京に当時は急行列車で半日かけて上京していたのですから、県人会の結束も強かったのでしょう。

◆1973年6月号「味噌通信」

《本文》       大蛍ゆらりゆらりと通りゆく     一茶 野も山も、深い緑に包まれ、紫陽花、さつき、石楠花しゃくなげの花もすがすがしく、初夏の笑顔を漂わせるこの頃、お健やかな毎日をお過ごしのことと存じあげます。 先日、県正連(新潟県醤油連合会)の役員会が、上越の地 赤倉温泉に開かれ、季節の味、山菜の数々を楽しみに行きました。夕食にはワラビの酢のもの、山筍やまたけのこに蕗ふきのお煮付け、朝食には山筍に海藻のお味噌汁、言うにいわれぬ季節のシュンを味わうことができました。俗に季節を食べると言われ、一堂に会して、季節を味わって食べる機会も亦、格別の楽しさを増しました。  先日上京の宿、偶、東京新潟県人会役員会晩餐の折、お味噌の御用と呼び出され、採とりたての浅葱あさづき(らっきょに似て小さな鱗で臭くない)を差し上げ、当社の生味噌をつけて酒間の漫談に花を咲かせ、「やあ昔を思い出すな、生々としたふるさとの味だ。」こんなうまい酒肴はないと、声を揃えて絶賛、しばし歓談がつきない思いで過ごしました。 よく「味はよいが素人だね」と、いう言葉を耳にします。料理は味だけではなく、眞に主婦の生活からにじみ出た、味を中心に巧みに季節感をとり入れ、創意工夫された料理こそ、色の豊さも伴なって食欲を増し、本当のおいしさを、味わえるのではないでしょうか。 アメリカでも、地方や都市に住む主婦の皆様は、特に日本の味を求めて、工夫を重ねていると、言われています。今こそ野にも、山にも、自然の風土に育まれた山野菜は、天然のふくよかな味と、香りを、ほとほとに満喫できる年中最良の季節でございます。食よ、自然を讃え、素朴にして飽きない、古きより伝わる伝統日本の味を、再検討して頂き、自然食にマッチした、香味豊かな越後米味噌の御愛用を、心よりお願い申しあげます。
 ●おいしい味噌  東京  渡辺宏 様 先日はほんとうに有難うございました  この間お客様にお味噌汁をさしあげましたところ 「これはおいしい」 と云われ遂におあげしましたので 自分の味噌がなくなりました。
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