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おじいちゃまの「味噌通信」

4.09 昭和47年5月13日 新聞掲載

・・・





メルマガの原点「味噌通信」

先々代の「味噌通信」を 折に触れ、当時を偲びながら皆様にご紹介しいます。

今回は、1972年4月号の裏に張ってあった新聞記事です。


  新聞掲載記事 
庭のカタバミ先々代は、国交開始直後の中国を国賓扱いで訪問したり、祖母を伴ってヨーロッパへ行ったりと当時にあっては、異国の文化に触れる機会が多かった人でした。仕事の傍ら、教育委員長を長年していた先代は教育関係の会のご挨拶で、「(日本人としての)紳士淑女を育ててください」と 話していたそうです。それと言うのも、先々代の直に触れたイギリスの旅の経験が伝え刷り込まれたのかもしれません。

「ヨーロッパでは、代々伝わる食器をとっても大切にしているんだよ!」 と祖父が話していた言葉を思い出しました。それにしても、文中の「約千円もの謝礼」に、固まってしまった||||||||||(_ _。)|||||||| 
40年近い年月は、貨幣価値をこんなに変えたのね。。。。                  2009.04.09              


  1972年5月13日「日本醸造公論」掲載記事の抜粋

拡大してご覧になれます。「新聞掲載」






                                       《拡大して見れます》
《本文》
  ロンドンのタクシー                山 田 久 一

 高度経済成長のひずみは、人間性、非人間性からひいては家庭愛までも破壊しようとしている。個人と人間のゆとりを忘れ、浅薄なレジャーに狂奔している人間が巷にあふれ、日常生活に暗い影を投げかけている。
 古いヨーロッパを、わずかの期間めぐり歩いてみて、ヨーロッパの人たちが、焦らず、悠々と暮らしている姿に、私は豊かな心ゆかしさを感じ、心のなごみ温まる思いがした。
フランス人は、人と会えば、笑顔で語る。ドイツ人は翌日になって笑う。しかし日本人は永久に笑えない国民だと聞かされた。
 彼等はまた、常にエチケットの観念強く、相手方の好意に対しては、言葉と物で、心の豊かさを表している。
 旅行の最後に、ロンドンでのタクシーのできごとである。地図の見せ方が悪かったのか、運転手が、方向をまちがえてしまい、2~300円で行けるところなのに、15~1600円も走りつづけている。そこで「ミステーク」を連呼して車を止め、地図を見直して反転したのだが、とうとう3000円もオーバーしてしまい、ようやくのことで宿に着いた。まったく知らぬ異国の地のこととて、ホッと胸をなでおろした。
 そして、代金はときくと「ノーマネー、ノーマネー」と、両手を交又して金はいらないという。
 約千円もの謝礼をすると「サンキューベリマッチ」と笑みを浮かべて別れていった。
 私は、このタクシーの運転手に、伝統的な紳士の国のプライドをまざまざと見た。そして、心の豊かさは、金では買えないと、その尊さを実感として味わったのだった。
 さて、羽田に着き、タクシーに信濃町までいくらときけば、「3000円」という。空港タクシーの乗り場から乗ったら、なんと1300円あった。日本人の情けなさを帰国第一歩で味わったのだった。
 時は流れ、時代は進む。しかし、古くして新しい世代に伝統日本人の人間愛を培い、明るく住みよい社会の建設が今ほど大切な時はないと痛感したことだった。
 味噌は、古くより伝わる伝統的食品である。だが、常に新しい時代の要求にこたえ、時代にマッチした味噌の生産にいそしみたいと思っている。

【筆者は新潟県豊栄市葛塚、ヤマヤ味噌醸造元山田醸造㈱社長】
   
・・・味噌通信

「味噌通信」とは・・・
山田屋の十一代当主 山田久一がお客様へ直接味噌をお送りする際に、商品と一緒に入れていた月刊のB5サイズの通信だよりです。



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4.09 昭和47年4月号


味噌通信・・・

メルマガの原点「味噌通信
山田屋の女将の祖父《故・山田久一 山田屋十一代当主》が生前お客様宛に味噌と一緒にお届けしていた「味噌通信」が今も残っています。食道癌でその生涯を閉じる数ヶ月前まで、自身で構成・ガリ切をしていました。
その後を、学生時代から代わったのが私、現女将です。
ガリ版は、大変だからとコピー機を購入してくれたのは孫には甘かった先々代(祖父)でした。それが今、現在のメルマガにつながっています。

先々代の「味噌通信」、膨大な量が残っています。折に触れ、皆様にご紹介したいと思っています。


わびすけ 第一回に寄せて・・・
こうして、先々代が一文字一文字書いたものを起こし直してみて、話してくれていたこと、感じていた思いを実感できて懐かしい思いに駆られます。
それ以上に、味噌屋として根底に流れている「食」への関わる姿勢が現在の山田屋が十一代当主の思いを変わらず受け継いでいることを確認できて、うれしい気持ちで作業を続けています。本文中にでてくるヨーロッパ旅行の際の新聞掲載記事がこの4月号の裏にはってありました。

祖父が育てた植物の中でも祖母が一番好きだった「わびすけ」が今、庭で満開です。祖母は、自費出版した詩集に「わびすけ」と言うタイトルをつけました。      2009.04.09              


  1972年4月号「味噌通信」

拡大してご覧になれます。「味噌通信」













  

                                       《拡大して見れます》
《本文》
  ひさがたの ひかりのどけき春の日に
      しづこころなく春の散るらむ     紀  友則
若草萌え、野山の木々も花咲き乱れ、万物悉く春陽あびて、清気初刺として、 躍動の好機を迎え皆様には勇奮ご多祥の毎日をお過ごしのことと存じます。
5/13NHK朝のラヂオに新潟県豊栄市出身佐藤ヨシノ主婦さんのお便りとして「この度実家に帰ったところ、父は、仕事の合間に小道具作りが好きで、丁度槌を作っている最中、早速槌と青豆をいただいて帰り、豆を水に浸し、昔なつかし打ち豆を作って味噌汁を煮立てました。久し振りに味わうふるさとの味、味と言い、香りと言い、迚に味噌味を活かした風味で将に天下一品。化学調味料で味付けしたものとは比較になる主前の味だとみなで語った」と興味深く放送に耳を傾けました。
長い冬篭りの食生活が、、不思議にも緑の野菜が恋しく、生理的にも不足がちなビタミン類の欲求が体力回復に必要だと言われています。

先般フランクフート(西ドイツ)で食べた野菜サラダの味が忘れ難く、どこのホテルの食事もパンと肉攻めで、日本人の食生活に会わず、車中のガイドさんにヨーロッパであまり野菜を食べないのかと尋ねましたところ、どういたしまして、毎日各家庭ではたくさん野菜を食べていると聞かされました。
今や野山の惣菜も春の自然の恵みを受けて大地より力強く芽生え、緑豊かな山菜も精気溢れて、露地をうるほし、ぜんまい、わらび、ふき、うど、野セリ、青菜、など次から次へと春の味覚をそそり、レヂやーの山菜狩りで山中も賑わい、八百屋さんの店頭も所狭しと緑の陳列が目立ち、年中最良の季節を迎えました。
春ともなれば、身体も堅調、食欲も旺盛の共の秋、家庭の食卓に自然の緑を飾り、色とりどり風味豊かな工夫を凝らした味噌料理で、心ゆくまで春のさちを味わって頂きたいと思います。

●美味な味噌  茨城 堀内光子様
お宅の美味な味噌を河須崎先生から頂きました。我が家では味噌汁が好きで朝晩頂いています。
この頃数多い味噌が出回っている中にもなかなか美味な味噌は見当たりません。本当に喜んでおります。







       越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  
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4.16 昭和46年4月号

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メルマガの原点「味噌通信」

先々代の「味噌通信」を 折に触れ、当時を思いながら皆様にご紹介
しています。

今回は、1971年4月号です。


  1971年4月 味噌通信 
桜 文章の中に「一日2~3杯の味噌汁を家族団らんに」と言うような文章がでてきます。食事を家族団らんと強く結びつけられる時代背景、味噌汁を一日に2~3杯と言える食生活(現在だったら、一日に1杯は!)だったのでしょう。生活スタイル、食文化、いろんなものが大きく変ったことを感じます。

とはいえ、春の花といえば、桜、つくし、チューリップ・・・。今も昔も変わりませんね。
                                       2009.04.16              


  1971年4月号「味噌通信」

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                                       《拡大して見れます》
《本文》
       長きこと野山の草木雪に埋れて
           春の兆ですくすくと伸ぶ     
 長い冬もようやく終わりを告げ、春の4月、鳥歌う陽春を向かえ、万物悉く眠りよりさめ、瑞気溢れ、年中最良の季節となりました。何時も心温まるご支援を頂本当に有難うございます。
 食物もその国々によって異なり、幾千年もの長きに亙りその国特有の食物は自然の間に体力づくりに役立ってきています。フィリピン戦争の際、日本の捕りょに日本の食物を長期に亙り食べさせたところ、可成の胃腸障害がでたのが、終戦後自国の馴れた食物をとったら、自然に健康を取り戻したと言われております。
 曽って第一次南極観測隊の越冬隊員に食物の嗜好を調べたところ、一番食べたいものがウナギの蒲焼で、少なくとも3日に一度の割りに出してほしいとの要望で、いやと言う程食べる機会に恵まれたそうです。帰国後の座談会で、ウナギのツラを見るのもいや、食欲がなくなったと述懐されたそうです。又こってりした中華料理も中国人には向くがおそらく三日も続かないでしょう。
 結局、日本の体質には味の濃い食物は飽きが伴い常食としては不向きで毎日続けて食べても飽きないのが淡白の味の味噌汁こそ日本人にうってつけの食物も申されましょう。殊に昔より畑の肉と言われる大豆は長寿に連なり、大豆食と海草食は長寿と密接な関係があると言われています。しかも大豆にはたんぱく質34% 脂肪17%(アメリカ大豆20%以上)も含まれ そのたんぱく質が特に優れておりますので、これを原料として仕込み長い間こうじ菌によって分解されるので、消化吸収率は、95%以上もあります。ぜひ一日に2~3杯の味噌汁を家庭団らんの裡に、採っていただきたいものです。文献は「病気に勝つたべもの学」「ネコと魚の出合」

●味噌の味     福岡市 川端伊勢子様
朝夕の味噌汁が大変なつかしく家庭の誰や彼やにせがまれています。市場の味噌は、甘すぎてもっと味噌の味を知っていただきたいと思っています。さっぱりとした味の中に濃さが何んとも言えない食卓に華を添えます。







       越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  
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5.08 昭和48年5月号

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今回は、1972年5月号です。

 
 1972年5月 味噌通信 
エビネラン 新潟出身の方たちの会「東京新潟県人会」が信濃町に立派な事務所を運営しながら、上京した新潟県人の宿泊施設としても当時は機能していました。
 先々代は、東京出張となると1週間、信濃町の東京県人会に宿泊をし東京近郊のお得意様周りをしておりました。
 そんなご縁だったのでしょうか?新潟県人会の方々が、幣地を訪ねられたのは・・・。新潟ご出身の方たちにとっては、新潟の豊栄の味は、甘さにふるさとの味だったのでしょう。

 ところが、ところ変ればですね。味噌汁大好きの先々代が文化県の違う地への旅行の折には違う味覚に閉口したとのこと。ご一緒の方のご出身を知るすべは今となってはありませんが、少なくとも関東以北の方々だったのでしょうね。     《写真は、先々代の育てていたエビネラン。今日咲きました。》


 旬の味を味噌汁に、食卓にのせる喜びは、季節を感じることに深い思いを重ねる
 日本人にとって何よりのご馳走なのかもしれませんね。                      2009.05.08              


  1972年5月号「味噌通信」

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                                       《拡大して見れます》
《本文》
 去ル二十四日に、東京新潟県人会百六拾余名の一行が郷士訪問を兼ねて、観桜会の折偶、当市中央公民館に於いて、御昼食されることになり、市からの要請で折角の機会でもあり、ふるさとの味を存分に味わって頂く意味で、当社の味噌を提供いたし、市の自然食運動をされている婦人会の方々に依頼して手作りの味を頂き度いと、採りたての筍に、お豆腐を入れて、温かいお味噌汁に、当社の味噌漬を添えましたところ、迚もじゃないがこれはうまいうまいの連発、何時も食べているものとは比較にならねうまさ、ひと味違うどころか将にこれこそ憧れの本場の味だと絶賛され、お代わりはとのことで、どうぞいくらでもと、多い人で四杯、二~三杯のお代わりをされた方はザラにあったと、係りの方より伺ひ、旅には欠かせない味噌汁の恋しさを、改めて考へさせられました。
即座に注文される方や、帰京後もお礼に 併而 お問い合わせ等もあり、列席された市長、議長さん等関係の皆様より、当社の好意ををよろこんで頂き、心温まる思ひ出でした。
 
 先月中旬、機会あって山陰、山陽の旅に出かけました。特に山陰は風光明媚、新緑滴り、古き伝説の数々を知り、厭きない楽しい旅路でした。然し何時も朝食にはしじみ貝に、八丁系のお味噌汁、迚もじゃないが濃過ぎて特殊の風味、越後人には不向き、大半は残したり、お湯で薄めて、辛うじて口づさむ程度で、所変われば品変わる、譬えの通り、旅行の皆様には、物足りなさを、感じたようでした。
味覚の母は春を連れてくる」と吉田瑞穂さんは申されています。近頃季節感のない野菜は、年中市場を賑はし、型こそ整っていますが、味も、香りも淡白で、風味に乏しき毎日でした。今や、自然の風土に育まれ、すくすくと伸びた春野菜や、山菜が、今が盛りとばかり賑わっております。さわやかな朝にはつきものが、おいしい味噌汁にまさるものがありませぬ。
季節感を巧みにとり入れた、本場のお味噌汁で、心のこもったおいしい味噌汁を、ご愛好して頂きたいものです。

●味噌あじ             練馬 直木幸子 様
  味噌汁がないと 朝目をさました様な気分になれません
  それだけお味噌を吟味しております
  お宅のお味噌を頂いてコクの有る味を賞味しております。







       越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  
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5.15 昭和46年5月号

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今回は、1971年5月号です。

 
 1971年5月 味噌通信 
ヒメシャガ 「ミニスカート」なんてことを取りざたして論じている時代だったのですね。そういえば、中学校に入学する時に、どうしてあんな長いひざまであるスカート(初めての制服)をはかないと駄目なのかしら・・・。何て思ったことを記憶しています。小学生は腿が平気ででているスカートをはいて、中に体育のブルマ(?)をはいていましたもの。

 味噌が日本だから成熟した食材としての調味料に育ったとの見解や、発酵のお陰で動物たんぱく質にも匹敵する栄養価地を得られるという考え----明治時代の人の知恵と言いましょうか、深さを感じます。教職から味噌屋になった先々代の考え方らしい気がします。     《写真は、先代が好きだった姫シャガです。庭にいっぱい増えて、満開です。》


 ここ数年ミスユニバースにも入賞できる日本人に変化しています。「細く 長くまっすぐで それに適度のふくらみ」と言う表現。心のどけきかな・・・。                       2009.05.15              


  1971年5月号「味噌通信」

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                                       《拡大して見れます》
《本文》
 人来れば 花の苗など わかちつつ
     安らけき日に慣れむとすらし    高柳 慶子

若緑り日毎に茂みも深まり 鯉上り春風をはらんで勢いよくなびき 世を挙げて 行楽の気漂う今日此頃 
お健やかにご活躍のことと存じ上げます(文献は森下敬一著 絶対健康法による)
このところミニスカートが流行してから急に脚線美が人目につき現代人の体格をいろいろ取沙汰される様になり 或評論家はやはり日本人の体格は細く 長くまっすぐで それに適度のふくらみが好ましい それには体質に合った食生活の改善こそ刻下の急務だと申されています
総じて戦後 体質を考えない美食の過食が運動の不足も伴なってか肥満、近視、虫歯、等が急激の上昇を示し、小学校に於いて見ても近視は終戦後2~3%であったものが12%を越え 虫歯は数える程しかなっかたのが90%を越え 肥満児も今では10%も越えている有様で
不知不識(しらずしらず)の間に体質の弱体化が目立って参りました
人曰く現代の日本人は温室で濃厚飼料を食べて肥満体質を育成していると嘆いておられます
人間の幸は物の豊かさではなく 心の豊かさが大切で 心の豊かさは先ず健康が本命 今こそ日本人の体質にマッチした食生活を真剣に考えねばなりませぬ それには菜食の利用と伝統食品である味噌の愛用こそ大切です
特に日本の国は四面海に囲まれ高温多湿で微生物の繁殖に適し 日本固有の味噌は畑の肉とも言われる大豆を原料として 米こうじを働かせ長期に互って調熟された醸造物で動物性アミノ酸をたっぷり含み 味噌を食べることが肉を食べると同じで効果がある許りでなく物凄く胃腸の働きを強め延いては健康に連るので特に深きご理解を頂き度いと思っています

●味噌ラーメン     板橋 小茂根 冨士居酒屋店 様
  お得意先のラーメン店でみそラーメンをいろいろ研究されましたが
 やまや越後米味噌(漉)を使ったところ迚も素敵な味で大安心
 お客様に大好評で今では五店舗も殖えこんなうれしいことは
 ありませぬ







       

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5.20 昭和47年5月号

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今回は、1972年5月号です。

 
 1972年5月 味噌通信 「時代変われど 変らぬものもある」の巻 
石楠花 ジャワ島のジャングルで第二次世界大戦の日本人の戦士が戦後4半世紀近くたって発見された驚くべきニュースがあった頃です。
 その帰還兵横田氏の味噌汁への思いは心底懐かしいふるさとの味だったようです。


 また欧米人の食生活と消化器を日本人の消化器と比較して、さらに旬の食材とも絡めて話を展開しています。 

 この時代からさらに4半世紀が経った今、私たちの胃腸は、欧米人並みに縮んでいるのでしょうか? 当時よりもっともっと雑食(食文化的に)に変化している(楽しんでいる)日本人ですね^^ 《写真は、庭の石楠花、今が満開です。》                   2009.05.20

                                     


  1972年5月号「味噌通信」

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《本文》
 深みどり 大地せましと生えしげり
      自然に伸びる 豊かぞ知る

太陽の自然の恵みを受けて、緑一入濃く、浩然(こうぜん)の気漂う快適の季節を迎え、お健やかな毎日をお過ごしのことと存じ上げます。何時もご芳情頂き本当に有難う御座います。
三十一年振りに我が家に帰られた横井正一さんも、久方振りになごやかな家庭生活を
朝ご飯も東京よりずっとおいしい「名古屋の味」赤だしのみそ汁の味は又格別だ』との話、
近頃食の多様化が取沙汰されている中に、日本人にとってはご飯とみそ汁が車の両輪の如く、みそ汁の味をたたえてから、おもむろにご飯をとる風習は今も尚守られ、自然に胃の蠕動(胃に入った食べものが下へ送る運動)を助け、消化に一役買っていることが有難い極みである。とりわけ日本人の体質は草食、粒食に適したように形作られ、腸も三割余 外国人より長く、それだけ消化に手間どり、濃厚食ほど腸に負担をかけることになる。
その点西洋料理はスープ、魚、野菜、肉それに甘いデザート果物の順に運ばれ、胃腸の負担をかけないように出来ている。食べ物は食べた順序に胃袋に、各層毎に積まれ、胃腸がゼンドウしやすいように、濃厚なものが上積みされ消化しやすい果物を最後に典型的な食事である。殊に食事は一家団らんの中に、ゆっくり頂くもので、昔より百回噛んで飲むことさえ言われ、米国健康提唱者であるフレッチャー氏は食べ物はよく噛んで食べることにより神経痛、リュウマチ、肥り過ぎ等は治るとさえ立証されている。    (文献は柳沢正一著「長生きと食物」に依る)
今や山野菜は春の香りを受けて或者は頭を下げ、或者は手を合せて、自然の恵みを味わって貰いたと、笑顔で待ちわびている。見る緑の美しさも結構なれど心と体で思い存分山野菜緑の幸を我がものとして生のまま味噌をつけて新鮮な味をたたえてもよし、数多い山野菜を味噌汁の香の物として季節感を味わい、和え物として自然の豊さを思い出し、明日への健康のために、春の美色を満喫して頂きたい。

      

       越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  

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5.27 昭和49年5月号

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今回は、1974年5月号です。


  1974年5月 味噌通信 「季節の中に後味を思う」の巻
丁字葛 そろそろ藤の花が見られる季節となりました。
山菜が冬の単調な食材からの脱皮のワンステップだったのでしょうか。

 また、純度の高すぎる高い調味料(塩、砂糖)の単調な味を熟成・発酵がもたらす複雑な味の代表として味噌をたとえにして「コク」「後味」いう言葉で提言をしています。
 季節感と後味の妙味をわかるような舌の持ち主でいたいものです。
 どっちらかというと、味つけの濃いものに押ししさを感じてしまう・・・中味に飛びつきやすい。
 山菜や和食の奥義こそ後味なのでしょうね。 2009.05.27                                                     


  1974年5月号「味噌通信」

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《本文》
      むらさきの花に、白花入りまじり
                 わが庭隅の柵の藤波      鈴木幸一


 目に若葉、山ホトトギスの緑春を迎え、鯉のぼり 大空にひるがえり、のどかなる季節となりました。  
 長い冬眠の草木も、一斉に自然の恵みを受けて、処狭しと生え 茂り、季節はづれの野菜に馴れた食生活にも、待望の季節の (しゅん)を心ゆくまで、本当に味わい得る好古の季節。旬とは自然のもの、 味と言い、香りと言い、目もさめるような自然の緑り、将に、春ならではの 感じです。更に澄み渡る大空のもとに、家族揃って、わらび、ぜんまい、うど、 たけのこ、木の芽とり等、走り廻り、自慢の手料理をくりひろげての春の行楽、 筆舌に言い表し得ない風情です。  このところ昔ながらに食べ伝えられている、野菜の研究は盛りで、 この道の研究家、甘粕幸子さんは、ヨメナ(菜飯)、ノビル(ふくませ煮)、 ツクシ(御飯)、タンポポ(サンドイッチ)、クコ(油揚)、カンゾウ(酢みそあえ)、 ヨモギ(草餅)、アカザ(おひたし)等、野草の数々に就いて自然の香味を そのまま活かし、素材に合った料理の仕方を発表され、身近かに食べられる野草の 余りに多いのに、今更ながら驚いております。 新大の武助教授は、近頃砂糖や、食塩は余りにも純度は高いため、味は単調過ぎて、 味以外のうま味は失われ、多少の不純物のあった方が、味の調和に立派な役割が あったと、申されています。若い味噌はしまりがあっても、丸味はなく熟成させると コクがつき、まろやかで奥行きのある味(後味)になり、俗に枯れた味と言われ、 特に旬を味わうとき後味のよさが、一層素材の香味を、役立つと言われています。
      

 ● 後味       修養団婦人部長 遠藤俊夫先生

   食べものは  食べてしまへば 形がなくなる
   だが舌には味は残る   それが後味
   後味のよしあしが   料理のよしあしをきめる
   だからこわいのだ
   食べる前の食欲をそそる  前味も大事
   食べておいしいとおもう 中味も大事

   だが一番なのは後味
   後味のわかる人だけが
   後味を大切にする











          
       

越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  

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6.11 昭和46年6月号

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メルマガの原点「味噌通信」

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今回は、1971年6月号です。


  1971年6月 味噌通信 「味噌のある日本食を思う」の巻

ドクダミ 昨日新潟地方も入梅し、今日は、庭の草木を雨粒が揺らしています。子供の頃は、蛇がいる!と脅かされ、草に触れたり、踏んだりして独特のにおいが漂っただけで、蛇が出てきそうな連想をする草でした。
 湿布薬として、遠い昔のかすかな記憶ももう磨り減ってよくわかりません。
 近年、お茶として愛好者も増えているドクダミがこの季節になると、ひっそり軒下に花をたくさんつけます。

  そういえば、アメリカに日本食の進め的な本が並ぶようになってどれくらい立つのでしょう。近年のすしブームの前に、味噌読本「MISO」もあったはず。 2009.06.11

 原本の左上部の変色しているところに、日本醸造公論の切抜きがありました。
********************

伸び率首都で抜群     ヤマヤ越後米こうじみそ

【内容】ヤマヤ越後米こうじ味噌(豊栄市葛塚、山田醸造)は、首都市場においてきわめて好調な出荷状態を続けている。一、二月の味噌市況は低調、三月若干好転したが、四月がまた低調うで、五月も連休などから本調子に戻っていない。こうした全般的な低調のないかで、ヤマヤ越後こうじ味噌は抜群の好調を持続、高い伸び率を保っている。とくに小袋詰の伸びがいちじるしく、さいきん一般小売店のほか、スーパー方面にも流れており、立川市のオリンピックスーパーストアなどでは「マスコミブランド品と肩を並べる回転」と喜ばれている。
 そのヒミツについて「やはり良質米の米こうじで、手数をかけ、じっくりと熟成した独特の風味」にあると問屋筋ではいっている。  
                 日本醸造公論 昭和46年5月13日 発行より抜粋

                                                     


  1971年6月号「味噌通信」

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《本文》
      物質文明の圧力をはね返し
         自然の力にめざめ自らの体づくりに励まう


さわやかな初夏の訪れと共に緑も一入色濃く生え茂る此頃、お健やかにご活躍の事と存じ上げます。
先般NHK海外特派員報告で、二十年前に渡米された、久司道太さんを中心に、青年同志たちは、肉食を絶って玄米食運動をしているとの放送がありました。若いアメリカ人たちの中では、高度の物質文明は遂にベトナム戦争を引き起こし、各種の公害が続出し、人心頓にすさみ、伝統のアメリカ文明も、逐次崩壊の一途を辿っていることを痛く憤慨して、曾って日本の専売とも言われた質素革命を強力にし推進して、先ず体力づくりのために玄米食を主体に、日本より海草、海苔、味噌を輸入して、祖先が食べていた自然食の共同生活を営み、体質改善を行っていると言われています。
母乳も人工栄養に代り、自然食は人工食品に、生鮮魚彩も冷凍食品と化し、農産物も農薬に汚染され、各種の反自然食は贅沢(ぜいたく)食品として登場し、精神をいらだたせ、胃腸をいため、心臓を弱め、文化病横行の現状ではないでしょうか。
このところ食生活も、副食量は殖え、米食量は逓減(ていげん)し、味噌も称々横這えの気配も見られ、従来の御飯に味噌汁の考へも さることながら、副食調理にも新たなる考へで、お煮付けに、()え物に、生野菜に生味噌、更にパン食にまでと、創意下され、味噌は単なる栄養食品としてではなく、多くの微生物が含まれていますので、特に腸の働きを助け、新しい栄養分をどんどん作り出し、常に腸の働きを正常の姿に整へ、乳酸菌が繁殖しているので、夏の食中毒にも消炎の役割を果たすので、世界中でも味噌だけが持つ、日本人の健康食品 と申されましょう。何卒味噌に就いて深きご理解を頂き、切に御愛用の程お願い申し上げます。

      

 ●   陸上自衛隊調査学校瀬戸丸市民

  お送り頂きましたお味噌を
  早速分配いたしましたところ
  味、香り共に市販品とは全然
  違い 私の家内初じめ課内の
  人達も大変喜んで頂きこんな
  うれしいことはありません










                 

越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  

・・・味噌通信

「味噌通信」とは・・・
山田屋の十一代当主 山田久一がお客様へ直接味噌をお送りする際に、商品と一緒に入れていた月刊のB5サイズの通信だよりです。



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6.19 昭和47年6月号

・・・





メルマガの原点「味噌通信」

先々代の「味噌通信」を 折に触れ、当時を思いながら皆様にご紹介
しています。

今回は、1972年6月号です。


  1972年6月 味噌通信 「味噌パンの発祥の瞬間(とき)」の巻

シロツメグサ 今回の号の中にはいくつか、当時を思い出す懐かしい記載がありました。

 研究肌だった先代の社長が夜遅くまで分析室で試作を重ねていた姿です。何が趣味なのかと思うくらい、夜遅くまで、休日までも分析室にいるか、学会誌を読んでいるか、業界誌を読んでいました。

 我が家の祖父母(この通信を書いた先々代夫婦です)は、わずかな畑で野菜を作り2人揃って朝、畑仕事を終えてくると、朝食は2人でパン食でした。当時としては珍しかったと思います。2人揃ってパン食のBreakfastでした。

 そして、母が父と一緒になって味噌パンを作り上げたことです。料理好きの母が父のアドバイスでパンの発酵に、発酵食品である味噌が役立たないはずはないとの助言で、味噌パンを試作。どれだけ試作を繰り返したことだったのでしょう。結果は、特許までいただいたのでした。

 過度な調味料が「味わう」ことを遠ざけ、唾液の十分な分泌を回避する方向にあるとは・・・。今の時代にあって、なぁ~るほど、そういう考えも一理だと感心して読みました。


  1972年6月号「味噌通信」

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《本文》
      濃い緑り花の笑顔に色どられ
              自然の幸で開く心眼
         


野山の草木も濃い緑に包まれ、うつぎ、つつじの花々も一入あざやかに、清涼初夏を満喫する此頃、お健やかにご活躍のこと、ご心労に対し心より敬服申し上げます。

このところインスタント食品に多量の人工調味料が含まれていたことが問題となり、一時的にしろ、頭痛、手足のしびれ、酒に酔ったような正体の判らない奇病が、発生したと伝えられている。もともと一般調味食品は、それ自体で満足できる味で、物によっては若干補足程度に添加するべきもの。普通の食品は0.1~0.3% 汁物は食塩の10%程度とされている。ところが近頃その限界を越えて、無雑作に使われ、濃原調味が慢性化して来た。濃い調味は直接舌の、感受性が強いために充分味わうことなく、不消化のまま嚥下されるので、各種の奇病発生の素因となる。食べ物は充分噛むことによって、唾液の分泌を促し、、味のコクによって素材の味を生かし、そのおいしさが健康に繋がることになる。このところ製麺業者はみそラーメンに関心を持たれ、何んとかラーメンに適した味噌の研究をたのまれ納品している。
尚、味を無視したインスタント食品、添加物公害の反発から、台所での手作りの味を楽しむブームが盛り上がり、温かい家庭ムードを作りあげている。その代表的なものは手作りのパン。作る過程の楽しさと、新鮮で、温かくおいしく味わえる素敵のうまみは、市販品に見られない逸品で、我が家でも早速パン作りを始め、この程みそパンの試作に成功し、一日一食はみそパンをとり入れて、とてもおいしく毎日の食卓を賑わしている。
「見てもよし食べておいしい山の幸」最も自然の姿で魚、山、野菜の最も味のよい時期をシュン(旬)という。(たい)にしろ、(かつお)にしろ、胡瓜、茄子、わらび、ぜんまい等、歯ざわりと言い、味と言い、香りと言い、初夏の味覚の絶頂ではなかろうか。一家揃って大いに自然の味をたたえて、味噌を使って手造りの味を、腹一杯味わって頂きたいものである。
                 

越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  

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7.08 昭和48年6月号

・・・



メルマガの原点「味噌通信」

先々代の「味噌通信」を 折に触れ、当時を思いながら皆様にご紹介しています。

今回は、1973年6月号です。


  1973年6月 味噌通信 「旬の味を味噌とともに・・・」の巻

ネジバナ ネジバナは、ひとつひとつの花がくるくる天に向かってかわいい花をつける先々代も、先代も鉢植えにして楽しんだ初夏の花です。
 ひとつひとつの小さな花からなっていることに気づいた瞬間(とき) とっても感激したことを覚えています。

********************

 この号の文中に出てくる「東京新潟県人会」というのは、当時信濃町にあった新潟県出身の方々で組織されていた会で立派なお屋敷に事務所と宿泊施設を持っていました。味噌屋の多い県内で競合するより、関東に販路を求めるという先々代の考えで、一ヶ月に一度、上京して営業を一週間滞在していました。その時にあった役員会なのでしょうね。
 今、演歌の大御所となった小林幸子さんも、よくお父様と新潟県人会で歌われていたそうです。デビュー曲のパンフレットとお父様の名刺、小さなレコード盤がしばらく先々代の机の引き出しにあったことは、今でも覚えています。
 新潟県から大都会東京に当時は急行列車で半日かけて上京していたのですから、県人会の結束も強かったのでしょう。

                                                     


  1973年6月号「味噌通信」

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《本文》
      大蛍ゆらりゆらりと通りゆく     一茶

野も山も、深い緑に包まれ、紫陽花、さつき、石楠花(しゃくなげ)の花もすがすがしく、初夏の笑顔を漂わせるこの頃、お健やかな毎日をお過ごしのことと存じあげます。

先日、県正連(新潟県醤油連合会)の役員会が、上越の地 赤倉温泉に開かれ、季節の味、山菜の数々を楽しみに行きました。夕食にはワラビの酢のもの、山筍(やまたけのこ)(ふき)のお煮付け、朝食には山筍に海藻のお味噌汁、言うにいわれぬ季節のシュンを味わうことができました。俗に季節を食べると言われ、一堂に会して、季節を味わって食べる機会も亦、格別の楽しさを増しました。 

先日上京の宿、偶、東京新潟県人会役員会晩餐の折、お味噌の御用と呼び出され、()りたての浅葱(あさづき)(らっきょに似て小さな(りん)で臭くない)を差し上げ、当社の生味噌をつけて酒間の漫談に花を咲かせ、「やあ昔を思い出すな、生々としたふるさとの味だ。」こんなうまい酒肴はないと、声を揃えて絶賛、しばし歓談がつきない思いで過ごしました。

よく「味はよいが素人だね」と、いう言葉を耳にします。料理は味だけではなく、眞に主婦の生活からにじみ出た、味を中心に巧みに季節感をとり入れ、創意工夫された料理こそ、色の豊さも伴なって食欲を増し、本当のおいしさを、味わえるのではないでしょうか。
アメリカでも、地方や都市に住む主婦の皆様は、特に日本の味を求めて、工夫を重ねていると、言われています。今こそ野にも、山にも、自然の風土に育まれた山野菜は、天然のふくよかな味と、香りを、ほとほとに満喫できる年中最良の季節でございます。食よ、自然を讃え、素朴にして飽きない、古きより伝わる伝統日本の味を、再検討して頂き、自然食にマッチした、香味豊かな越後米味噌の御愛用を、心よりお願い申しあげます。
     

 ●おいしい味噌     東京  渡辺宏 様

先日はほんとうに有難うございました 
この間お客様にお味噌汁をさしあげましたところ

「これはおいしい」

と云われ遂におあげしましたので
自分の味噌がなくなりました。












                 

   越後米味噌醸造元    山田醸造株式会社  


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